心理コラム

人を変えることはできるのか

こんにちは。
心理セラピストのりお(@rio10Xu)です。

新型ウィルスの影響により
世の中が自粛ムードで、

仕事の勤務時間が変わったり
業務内容が変わったり
家に引きこもりの日々が続いたりと

普段の生活に何かしら変化があり
戸惑いや不安を抱えている人も少なくはないと思います。

私は元々業種的にリモートワークがメインでしたので
あまり生活の変化を感じているわけではないですが、

やはり、外に打ち合わせに出たり
たまには家から場所を移動して仕事をしたい時に
抑制がかかってしまうのは歯痒い気持ちになりますね。

そして
医療従事者や現場に出て仕事をしなければならない人のことを思うと
どうしても懸念は残るものです。

この社会問題の収束がとても待ち遠しいですよね。
不況が早く収まればなと思っています。

さて、今回は「人を変えることはできるのか」
というテーマについて自論を述べていきたいと思います。

最近は、自論系の話ばかりなので(恐縮です・・・笑)、
いずれ学問系というか理論系の話もしていこうかとは思っていますが
何せそういう内容よりも自論系の方が自分のスタイルに合っているので
どうしてもこっち寄りになってしまいます。笑

今後はバランス良く話していこうと思います。多分←

・・・と、それは一旦置いておいて、本題に戻りましょう。

書店に行くとよく見かけますが、
何かと人を変えるためのテクニック本。

「行動を思うがままに操るための振る舞いとは」
「好感を持たせる話し方」
「部下のモチベーションを上げるマネジメント術」

みたいな本ってよくありますよね。

こういう本は確かに有益なものもありますし、
テクニックも時と場合においてはとても重要です。

そんな中で私が警鐘を鳴らしたいことは、

“人を変えることに固執すると、自分の人生が生き辛くなる”

ということです。

人に何か気づきやきっかけを与えることや、人の感情にアクセスし揺さぶることはテクニック云々で確かにできます。

ただその一方で、
その気づきやきっかけを受けた相手がどう変化するのか、そもそも変化しないのかは、
自分のコントロールの届かない、相手次第の話です。

というわけで、もしあなたが今、
親を、子供を、友人を、彼氏を、彼女を、旦那を、妻を、上司を、部下を、同僚を、
どうにかしたい、変わって欲しい、と思っているようであれば
是非このまま読み進めて頂ければと思います。

結論ではありますが、人の本質を人が変える事はできません。

人は人を変えたいと思っている

これだけ人を変えるための書籍や情報が存在すると言うことは
逆に言えば、それだけ世の中にニーズがあるということです。

基本的に売れないものや、人が興味を持たないもの、
市場価値がないものは世には出回りません。

そう考えると、多くの人が、
人を変えたいと思っているということが推測できますよね。

人を変えたいと思っているパターンを大きく2分類するならば、

①私は何もぜずに相手に変わってほしい
②相手を変えるために私が変わる

というように分けられると思います。

どちらも目的は一緒です。

それは言うまでもなく、”人を変えたい”。

また、”人は変えられない”という話しは
ビジネスでも心理学でもよく言われている事で
あなたもこの記事以外にも一度は聞いたことがあるかと思います。

そして、頭ではそれを理解している人も多くいるでしょう。

ただ、そういった頭では理解している人でも
話を深掘りしていったり、本当の気持ちを確認したりすると、

実は、人を変えたい、と思っている事がよくあります。

自分が変わりたいと思っている人でも
その目的を因数分解してみると
先ほどの②が目的になっているケースもよくあるんです。

もちろん、それが悪いことではなくって、
人は人から理解して欲しかったり、承認して欲しかったり、愛して欲しかったり、”他者に求める欲求”は根底に持っているので、それは自然なことでもあります。

ですので、先ず大切なこととして、
人を変えたいと思っている自分の素直な気持ちに対して
否定的に捉える必要は全くなく、
「今の自分はそう思っているんだ」と認識し、認めてあげる必要があります。

自分の中で何かを思うことは自由であり、
そう思うことが今の本当の自分であり、
無理に思わないようにしたところで
思いや感情、感覚は、理想通りにコントロールできません。

素直な自分の本音を先ずは受け入れていきます。

人を変えることはできない

素直な自分の本音を受け入れながらも
さて、本当に人は変えられないのでしょうか。

冒頭で結論を述べましたが、
私たちが人に何か出来ることとしたら

それは変えることではなく

“気づきやきっかけを与えるのみ”で、
“感情や感覚を揺さぶる”ことが限界です。

例えば
・困っている人に何かアドバイスをしたり
・自分の考えを伝えたり

それを受けた相手が
その出来事をトリガーに考えが変わり
行動に結ぶつく場合もありますが、

あなたからの気づきやきっかけを
相手が腑に落とすか否かというのは
あなたではなく相手が決断することです。

その相手の決断にこちら側が入る余地はなく、
それは相手の主体性や主観性に依存するものです。

相手が自分の中で決断があったからこそ
相手が変わっているのであり、

気づきやきっかけを与えたからといって
それはあくまで
あなたが相手の本質を変えられているわけではありません。

イメージしてもらいたいのですが、
あなた自身も何か自分の中で変化が起こった時というのは
それは自分の中で決断ができたからではないでしょうか?

小さなことで言えば、
人からの魅力的なお誘い話においても
いくら有意義なもので気持ちが高ぶっていても、それを行くと決めたのは誰でしょうか。

風邪を引いて病院に行き、
ドクターからお薬を飲むように、安静にするようにと言われても、
実際にお薬を飲むことを決断する、安静にすることを決断するのは誰でしょうか。

それは紛れもないあなた自身ですよね。

どんなに素晴らしい気づきやきっかけ、
感情を揺さぶられるような思いをしても
その後どうするかはあなた自身が決断して初めて変わるというわけです。

つまり、このような実体験からも分かる通り、
人を本質的に変えるというのは”できない”というわけです。

あなたはどう生きたいですか?

Twitterには様々な人がいて面白いですよね。
言葉の使い方からその内容から、投稿者の価値観が見えてきます。

人を変えたいという軸で、

「あいつが悪い。謝罪させたい。」
「自分の思いをわからせたい。」
「相手を論破してやりたい。」
「立派になって親を見返したい」
「別れた恋人を見返したい」
「あの人に振り向いてもらえる為に美しくなる」
「あの人に認められる為に日々自分磨き」

などなど、沢山の”人を変えたい”思いが
Twitterには飛び交っています。

私自身も、人を変えたい思いは出る時もありますし、
繰り返しますが、そういう思い自体は悪いことではありません。

ただ、人を変えることにフォーカスが当たりすぎて
その為にあなたは時間を費やし、努力し、ましてや相手が変わることを待つ人生を歩みたいでしょうか?という話です。

自分の人生の満足度や充実度が他人に依存し、
他人が自分の思い通りになっていれば自分は幸せであるならば、

逆に言えば、他人が自分の思い通りにならなければ、
自分の人生の満足度や充実度は低くなるということです。

これは、他人ありきの他人軸での生き方です。

それをあなたが望むのであればそれは一つの生き方ですので良いかと思いますが、他人軸の生き方から抜けたいのであれば、
今一度、“自分はどうしたいのか?”としっかりと自分と向き合う必要が出てきます。

私の知人にも、
「○○を見返したい。その為に私は努力する。」という方がいましたが、

「○○を見返した先に、あなたは何が得られるのか?」
「見返すことがあなたにとっての幸せなのか?」

と聞いてみたところ、その方は自分の中でとても違和感があり、何のためにそうしたいのかよくわからなくなってきたと仰っていました。

そういうこともあり、

“人を変えることに固執すると、自分の人生が生き辛くなる”

ということが起こりうるわけです。

誰のために自分の人生を生きているのかがわからなくなり、
日々の満足度や充実度に激しい波風が巻き起こります。

今、あなたが人を変えたくて、でも叶わなくて悩んでいるのであれば、
他人軸ではなく自分軸を持って、自分はどう生きていきたいのか、と、ご自身に問いかけてみてください。

人を変えようとしなくても、
素のままでいるあなたを受け入れてくれる人はいます。

そんな人たちと素晴らしい人間関係が築ければ最高ですね♪

ではでは!