心理コラム

自立するか。他者依存的に生きるか。

こんにちは。
心理セラピストのりお(@rio10Xu)です。

自分の心に安心感がない人は、

不安になった時、問題に直面した時、窮地に立たされた時にこそ、他者から”正しい”答えを求めがちです。

損や痛みは誰だって被りたくはないので、その蓋然性が高まると損や痛みを回避しようと他者依存的に頼ってしまう傾向が強いです。

心に安心感がなく、他者に答えを求め続けることを繰り返していくと、それが癖となり、自分の力で乗り越えることや、自分の頭で考えることを放棄してしまいます。

自分の人生、死ぬまで”正しいとされる答え”を与え続ける他者が、自分の身近に不変に存在するのであれば、そのような生き方も一つの手段であるかとは思います。

しかしながら、時代も環境も人も移り変わる世界で、確固たる不変なものであるという確証はどこにも存在しません。

であるならば、自分の頭で考え、自分の力を信じ、問題を乗り越えることを繰り返して、自分の能力を高めていくことがとても重要となってきます。

また、他者依存的な生き方をしてしまうと、結局のところ「自分で決断した」という事実が希薄な為、不平不満や他責の念を抱えやすくなってしまいます。

勝手に自分の中で相手を理想化して、その理想像に相手が当てはまらなかったり、当てはまらなくなってきた時に、相手に対して攻撃的な態度や否定的な思惑を抱きます。

また、他責はせずとも、過度な自分責めをしてしまい、強い自己否定の念に支配されることもあるでしょう。

そこで自己否定して反省し、その時には同じ失敗は二度と繰り返さないと思うのですが、他者依存的な心の癖は変わっていないので、無意識的にまた同じことを繰り返すことが多いです。

人は、責任を持ちながら自由に生きること、自分の決断によって自分の人生を歩むことに幸福感を抱くのであれば、このような生き方を続けている限りいつまで経っても望むような幸福感を手にすることはできません。

他者依存的ということは、自分の人生の満足感や充足感、幸福感は、他者によって左右されるということを示唆します。
当然、ネガティブな感情も他者基準となります。

このような生き方が嫌だと思うのであれば、やはり根底の自分の心の安心感を養い、自分の頭で考え行動し、失敗を重ねて日々成長していくことがとても大切であると私は考えています。

他者はそもそも、正しい答えなんていうものは持っていません。

そもそも、正しい答えというものも存在しないのかもしれません。

自分が決断したことを、例え失敗しようが人に迷惑をかけようが、その選択をしたからこそ今の自分が在り、成長することができたと腑に落とすことができていれば、それがある意味正しいのかもしれません。

国が守ってくれる。
会社が守ってくれる。
他者が守ってくれる。

これって本当でしょうか?
どんな根拠があって、守ってもらえると思うのでしょうか?

勿論、国や会社、他者の力を借りて、生きていくことはとても大切なことであり、支え合って生きていくことこそが人間社会であると私も思います。

しかし、そこに寄り掛かり過ぎて、自分の意思や感情、思考を殺してもたれかかると、もたれかかれなくなってしまった時に問題が表面化するわけです。

だからこそ、自分はどう生きたいのか?どうしたいのか?を、常日頃から自問することって大切だと思うんです。

ここがぶれると、自分の頭で考えるどころか、そもそも人生自体が流れに身を任せるようなものになってしまいがちです。

もちろん、どう生きるかは自分次第ではありますが、どう生きたいか?だけは、しっかりと自分の中で答えを見つけておく必要は少なからずあります。

羅針盤がなければ、船は彷徨ってしまうように、人生もまた然りです。

ではでは!

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