心理コラム

自己否定と無価値感

こんにちは。
心理セラピストのりお(@rio10Xu)です。

「自分に価値がある」と思える時とはどんな時ですか?

・高い役職に就いた時
・仕事で大きな結果を出せた時
・仕事を長年続けられている時
・お金をたくさん稼いでいる時
・人からの称賛を浴びている時
・人から愛されている時
・人から認められたと実感した時
・誰かの役に立っている時
・人が羨むようなステータスを手に入れた時
・高価な食事をしている時
・高価なモノを所有している時
・勝負事で相手を負かし自分が勝利した時

などなど、よくこのような時に「自分に価値」があると実感する人は多いです。

直接的に、「私は価値があるな〜」と実感しているわけではなくとも、掘り下げてみるとここに繋がるという意味も含みます。

そもそも、自分に価値があるとはどういうことかというと、「自分の存在を実感できる」という感覚に近いです。

上記の羅列をよくみてみると、とある共通点が一つあります。

それは何かというと、全て「〇〇であれば〜、〇〇な時に〜」という、「条件」が紐づいているということです。

つまり、このような条件を満たした時に自分の価値を実感できるということは、逆を考えてみると、条件を満たさない時には自分の価値を実感することができていなかったりします。

これが、根底に「無価値感」を持っている人の大きな特徴です。

無価値感を持っているからこそ、そんな自分を強烈に否定し、条件を満たそう満たそうとします。

冒頭で、「自分に価値がある」と思える時とはどんな時ですか?
という問いに対して、上記のように何か条件を思い浮かべていた場合は、もしかしたら根底には無価値感が潜んでいるかもしれません。

人は、自分に価値がないと本当に実感すると、自分の存在を実感できずに、生きている意味や意義を見失ってしまう為、自分の価値を実感する為の行動を起こします。それは自分の無価値感を感じたくがない為であると言えます。

それが、人の称賛を得る行為であったり、人の役に立とうとする行為であったり、それは人様々です。

逆に無価値感を持っていない人は、前提として上記のような「条件」がありません。
どんな自分であろうと、できるとかできないとか、人からどう思われるとか、何かを所有しているとか、そういう条件によって自分の価値の有無や強弱に変化はないわけです。

そのような人は、無価値感を感じない為の行動を起こすのではなく、自分が本当にやりたいことに対しての行動を自然と起こします。

無価値感を持っている人は、例えば他者に何か自分の失敗であったり至らない点に対して指摘をされた際に、強烈に落ち込んでいつまでも引きずってしまったり、その指摘が自分に対する攻撃や、存在の否定と捉える傾向があります。

なぜならば、無価値感を持っている=「自分は価値のない存在である」という、前提の考えが根底にはあるからですね。

だからこそ、単なるアドバイスや指摘なのにも関わらず、前提の通りに脳内で変換認識してしまい、無価値感を刺激され強烈に落ち込んでしまったり、無価値感を感じたくないが故の抵抗という形で、反発して他者に攻撃的になったりするのです。

無価値感を持っている自分が今の自分ということを認められずに自己否定し、それを人やモノ、理想に自分になることで埋めよう埋めようとしてしまいます。

厳しい言い方をするのであれば、それはある意味、人やモノは自分の無価値感を埋める為の「道具」であり、無価値感を持っている自分をぞんざいに扱っている状態とも言えます。この意識を持っている人もいれば、無意識的にそうしているケースもあります。

人も大切にできない、自分も大切にできない。
そのような状態で、他者と深く繋がれるかというと、繋がることはできません。
自分が望む本当に満たされた幸せな人生を歩むことができるかというと、その可能性は限りなく低いですよね。

自分に対する、条件のある価値基準の判断が、自分の人生を非常に生き辛くしてしまいます。
条件が満たされてなんやかんやでうまくいっている時は良いんです。でも、条件が満たされない時に、その苦しさに気付くんですね。

無価値感を埋める為の人生か、本当に自分の生きたいように生きる人生。

あなたはどちらを選びたいですか?

ではでは!

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